ガラスの棺 第10話


会議は、朝から酷い物だった。
今日は直接顔を合わせるのではなく、通信による各国の会議。
だからこそ余計に馬事雑言が飛び交う。
モニター越しなのでその分気楽だが、このやり取りは見苦しいとしか言いようがない。
モニターの一つには、ゼロの映像が映し出されていてこの状態なのだ。ゼロが見ていても、もう誰も気にしていないのがよく分かる。もしゼロがここで彼らの言動を咎める発言をしたとしても、彼らは一瞬言葉を止めるだけですぐにこの状態に戻るだろう。

そもそも、ゼロはテロリスト。
偶然に偶然が重なり多くの奇跡を成したが、それだけだ。
運よく皇帝を打倒しはしたが、たったそれだけで英雄扱いか。
それならば誰でも英雄になれただろう。
そう、自分たちだってなれたのだ。
銃を手に持ち、民衆に紛れて発砲すればよかった。
そうすれば、自分が英雄だったのだ。

そんな事を考え出す者は少なくは無い。
顔の見えない人物の求心力などそんなものだ。
ルルーシュだからこそ成立していた英雄。
その類まれな知略により有力者の口を塞ぎ、ただそこにいるだけで人目を引くだけのカリスマと、覇王の気質があったからこそ成立していた偶像。
指導者としての資質を持たないスザクに同じ事を求めるだけ酷な話なのだ。
その事に気がついたからこそ、ここ最近はゼロもシュナイゼルも彼らがどのような結論を出すか、何も言わずにただ見守っていた。
ゼロは裁く側の人間だ。
過ちを悟らせ、手取り足とり教え、導くものではない。
弱者を虐げ、罪を犯した者に無慈悲な裁きを与える者。
もしゼロの望まない結論を出した時はどうなるか。
それを知らしめるのが一番だと判断していたから。
だからその時を待っていたのだが、王家の墓が荒らされた事で事態は一変した。

時間となり、とても会議とはいえない低レベルな言い争いが終わり、モニターがブラックアウトすると、ナナリーは疲れたと大げさなほど大きく息を吐いた。
それを見ていた側近が、すぐに飲み物をとナナリーに差し出したが、礼も言わずに紅茶を一口に含むと、不愉快だと言いたげに眉を寄せ側近を睨みつけた。

「・・・冷めています」
「も、申し訳ありません、今すぐ入れ直します」
「いえ今はこれで構いませんが、次は無いと思ってください」
「は、はい!」

側近は顔を青くしながら頭を下げた。
先日は暖かな紅茶を出したら「こんなに熱くてはすぐに飲めません。私は喉が渇いているんですよ、それが解らないのですか?」といっていたから、今日は温めにしたのだろう。これだけ苛立っているナナリーなのだから、恐らくどちらを出しても文句は言う。
側近もそれを解っているが、反論などで出来ず頭を下げ謝るしかなかった。
そんなやり取りに、コーネリアもシュナイゼルも眉を寄せる。

「所でシュナイゼルお兄様」

苛立ちを込めた声で呼ばれ、傍に控えていたシュナイゼルは内心やれやれと思いながらもロイヤルスマイルを浮かべた。
同じく隣に控えていたコーネリアが、ナナリーの声にますます眉を寄せた。
お兄様と呼んではいるが、その声は完全に部下に向ける命令口調だった。

「なんだい、ナナリー?」
「ゼロはどちらに?」

いつも傍にいるゼロがいないと、不愉快そうに言った。

「ゼロも人間だからね、今日は休んでもらったよ」
「・・・私はお休みを頂けないのに、ゼロにはお休みですか?」

眉を寄せた不愉快そうな顔と苛立ちの籠った声で言うが、ナナリーはブリタニアの代表としての公務が終われば休めるが、ゼロはナナリーにつきあい、その後各国と、あるいは黒の騎士団と打ち合わせや会議をしている。特に何も無ければ定時に仕事を終え、その後自由になるナナリーと、仮眠程度の休みしか取れないゼロを同じように扱えというのだろうか。今回の休みは無理やりねじ込んだが、この後のしわ寄せで彼は眠る間も無くなるだろうに。
本来であれば、ゼロはナナリーの傍にいる必要はない。それでも、ナナリーを守るのがルルーシュへのせめてもの、と考えいているスザクがそう望んでいるから、ナナリーの騎士のようにずっとそばにいるだけなのだ。
そんなことも解っていないのかと、コーネリアがナナリーに注意をしようとしたのを、シュナイゼルは手を僅かに上げる事で制した。コーネリアはどうしてと言いたげな顔でシュナイゼルを見、そしてこの短期間で変わり果てた妹を見つめた。
再会した頃のナナリーは誰に対しても穏やかで優しい妹だった。
騙されやすく純粋で、誰よりも世界平和を願っていた。
そんな妹のはずだった。

「まあいいです。それよりもシュナイゼルお兄様、お兄様・・・いえ、悪逆皇帝の棺は無事戻ったのですか?」

王家の墓が荒らされた事は、もちろん報道もされているからナナリーの耳にも届いていた。愛する兄の墓が荒らされたのだから、腹を立てるのも当たり前かと普通なら思う所だが、今のナナリーにそんな思いがあるとは思えない。

「大丈夫だよ、ナナリー。ルルーシュの遺体は無事に取り戻した。今は元の場所に安置されているし警備も強化したから、もう賊が入る事は無いだろうね」

昔のナナリーであれば、きっと「お兄様が無事でよかった」とでも言っただろう。安堵の笑みと共に「これで静かにお休みになれますね」とでも言っただろう。
優しさの中で育った優しいままのナナリーなら。
だが、ナナリーを愛し守っていた優しい鳥籠は既にこの世から消えていた。

「いえ、警備はもう必要ありません」
「必要無い?それは一体・・・」
「シュナイゼルお兄様、なぜ人々が今もこうして争っているか解りますか?」

あの会議で言うならば、自己を主張し、自国が優位になるようにだけ考え、相手の要求を受け入れない物が幅を利かせていた。互いに相手をけなし、悪い所ばかりを指摘し、見下しているのだ。だから争う理由などいくらでも思いつくが、恐らく彼女の言いたいのはそうではないのだろう。

「残念ながら、私には解らないね」
「コーネリアお姉さまはどうです?」

話を振られたコーネリアは、チラリとシュナイゼルを見た。
シュナイゼルは僅かに視線を合わせたあと、すっと目を細めたので、コーネリアもまた言いたい事に口を閉ざすことにした。

「私にも解らないな」
「そうでしょうね。お二人には解らない事かもしれません」

傲慢な物言いに、コーネリアの眉が寄ったがそれ以上は言わず、悲しげにナナリーを見た。完全に二人を見下し、自分の方が優れているのだという優越感からだろうか、その顔に乗った笑みは醜悪に見えた。

「これは、全てをきちんと終わらせていない事が原因なのです」
「終わらせていない?何をだい?」

流石にナナリーの言葉の意味が解らず、シュナイゼルとコーネリアは眉を寄せた。

「悪逆皇帝の事です。あれだけ愚かな事をした罪人に安らかな眠りなど・・・そのような丁重な扱いをしたから、国民は、他国の代表は怒っているのです」
「ナナリー、それは違う」

流石に口を閉ざしていられず、コーネリアは否定の言葉をあげた。

「死んだルルーシュの事など、その遺体の事など誰も気にはしていない。今のこの状況は、生きている者たちが作っている事で・・・」
「いえ、お姉さま。そこをしっかりとしなかったからこそ、皆が平和な世界を作るためのスタートラインにつけないのです」

人類の怒りと憎しみの先にあるルルーシュを、丁重に扱い王家の墓を用意して埋葬したから、今も人々はいがみ合っている。
罪人はもっと手ひどい扱いを受けるべきだったのだ。
誰の目から見ても解るほどの扱いを。

「ナナリー、君はあれにどのような意味があったか解っているはずだね?」

ゼロとルルーシュによるあの舞台で何が行われ、何が成されたのか。
ルルーシュがゼロだと知っている者は、みな気付いたはずだ。
それでも尚、ルルーシュの遺体を穢すと言うつもりなのかと尋ねたが、ナナリーはますます見下すような目と笑みでシュナイゼルとコーネリアを見た。
こんな事にも気付かないんですか?
そう言いたげな顔だった。

「私たちは騙されていたのです。そもそも、あの悪魔が世界平和など考えているはずがなかったのです。ユーフェミアお姉さまの仇を討つためお兄様・・・いえルルーシュの傍に仕えたスザクさんが、自らの死を偽装し、ルルーシュが作り出した偶像であるゼロを奪い、自分の手で作り出した英雄の手で殺されるという喜劇を作り出したにすぎません。私たちはその姿を見て勘違いをしてしまったのです。そう、全てはユーフェミアお姉さまの意思を継いだスザクさんの計画で、ルルーシュは関係ないのです。そして、英雄を必要とする世界のために、スザクさんは今もその仮面をかぶっているだけです。ユーフェミアお姉さまのために」

ゼロであるスザクが語らないから、真実は誰も知らない。
だが、あれだけの事をスザクの独断でやったのだとナナリーは言い切った。
悪逆皇帝のあの言動は全て真実。
演技であるはずがない。
そう自分たちが錯覚したのは、ゼロの姿でスザクが仇討ちをしたから。
ルルーシュは悪だった。
世界平和など考えるような優しさなど持っていなかった。
ルルーシュは、正真正銘の悪魔だった。

ナナリーは心の底からそう思っているのだろう、その瞳には一切の迷いがなかった。
ルルーシュに投げかけられる憎悪の言葉は、人の言葉に感化されやすく騙されやすいナナリーをここまで変えていたのだ。

優しいルルーシュが傍にいたからこそ、ナナリーは優しい娘だった。
愛情深いルルーシュが傍にいたからこそ、ナナリーは愛情深い娘だった。

シュナイゼルがナナリーを保護した時、彼女は長年共に居た兄をあっさりと裏切った。
真実を確かめることなく、シュナイゼルとコーネリアの言葉を鵜呑みにし、あっという間に二人の思考に染まった。

そして今。
悪逆皇帝ルルーシュ。
人々の憎悪の象徴。
周りの人間はいかに悪逆皇帝が最悪の人物かを口にした。
感化されやすいナナリーは、世界中の人間が紡ぐその言葉を真実とし、あの時自分が知った情報から得た真実を偽りだと判断したのだ。
今まで受けていた愛情を偽りだったと判断したのだ。
自分は愛されてなどいなかった。
ただの可愛い生きた着せ替え人形のような者。
愛玩動物だったのだ。
だから、自分に隠れてテロなど出来たのだ。
もしかしたら何かの取引材料として飼われていただけなのかもしれない。

優しさに包まれているナナリーは、誰よりも優しい娘だった。
だが目だけでは無く全てに対してナナリーは盲目で、誤った考えを抱きやすく、自分の考えに囚われやすかった。それだけでも危うかったのに、彼女はこの国最高位の権力を手にした事で、頑固で傲慢な性格になってしまった。

この時ようやく選択を誤ったのだとコーネリアは気がついた。
ナナリーは、指導者として立つ器ではないのだ。
たった一人残された妹で、ユーフェミアの意思を継ごうとする彼女をこの国のトップに据え、外敵から彼女を守る事が自分の役目だと思っていたが、それは誤りだったのだ。
ナナリーがブリタニアのトップに立ち世界平和のために働きたいと言った時、ゼロとシュナイゼルは反対した。だが、コーネリアはナナリーならやれると二人を説得したが、あれは間違いだったのだ。
シュナイゼルがある時期から凪いだ瞳でナナリーを見ている意味をようやく悟り、ゼロがナナリーに意見を言わなくなった理由に気がついた。
ルルーシュはユーフェミアを操り殺したが、私達はナナリーから優しさを奪い、壊したのだと、ルルーシュと同じことをしてしまったのだと、自らの罪の重さに耐えかねその両手で顔を覆った。

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